アパレルを辞めたいと感じているなら、無理に我慢し続けなくて大丈夫です。
私は、15年間アパレル販売員として働きました。
15年のうち7年間「辞めたい」と思いながら退職できず、最終的に休職を経て退職し、今はフリーランスの道を選びました。
辞めたとて先が見えない、アパレル以外にキャリアなんてあるのか、という不安で動けない気持ちは痛いほど分かります。
この記事では、私がアパレルの仕事を辞めたいと思った理由と、退職して気づいたことを体験談をもとに正直にお伝えします。
アパレルを辞めたいと感じるのはめずらしいことではない
アパレルを辞めたいと感じるのは、めずらしいことではありません。
アパレル販売員の新卒入社後3年以内の離職率は、25〜40%程度と言われています。
つまり、入社した販売員の3〜4人に1人は3年以内に辞めているということです。
私自身も15年間で、何人もの同僚を見送ってきました。
ある人は体力的な限界で、ある人は給料への不満で、ある人は将来への不安で。
辞めた理由はそれぞれでも、辞めたいと感じていたのは私だけではありませんでした。
もし、今あなたが「辞めたい」と思っているなら、それは弱さじゃないし、おかしいことでもないのです。

私がアパレルを辞めたいと思った5つの瞬間【体験談】
アパレル業界で15年働いた私も、「もう辞めたい」と何度も感じてきました。
ここでは、実際に私がアパレルを続ける中で辞めたいと思った5つの理由を、体験談ベースでお伝えします。
給料が低く将来への不安が大きくなった
アパレルを辞めたいと思い始めた一番最初の理由は、給料への漠然とした不安でした。
店長になっても手取りは22万円前後。生活はギリギリできるけど、貯金が思うようにできない水準です。
ボーナスをそのまま貯金に回して、やっと少し蓄えができる感じでした。
当時感じていたのは、以下のようなことです。
- 毎月貯金がほぼできない
- キャリアを重ねても給料が上がる期待が持てない
- このまま働き続けても将来の希望が見えない
「いつか給料が上がる」という期待が持てなかったのが一番つらかったです。
頑張っても報われない構造の中で、将来への不安だけがどんどん大きくなっていきました。
アパレルの給料が低い構造的な理由については、こちらで詳しく解説しています。

人員不足で社員の負担が大きすぎた
辞めたい気持ちが加速したのは、人員不足による負担が限界を超えたころからでした。
アパレルの現場では、社員の穴をアルバイトが埋めることはできません。
しかし、アルバイトが急に休んだときは、社員が代わりに入ります。
つまり社員は常に「自分の代わりがいない」状態で働き続けることになります。
当時の現場の実態は、以下のとおりです。
- フルタイムで入れるアルバイトが年々減っていった
- 扶養内・時短・曜日固定など、シフトに制約のあるスタッフが増えた
- 結果的にすべての穴を社員が埋める構造になっていた
「社員なんだから当たり前」という空気が現場にはありましたが、私は社員にも定められた休みをきちんともらう権利があると考えています。
休みが休みとして機能しない働き方が当たり前になっている環境は、やっぱりおかしいと感じていました。
休みの日も「明日人が足りるだろうか」「何か起きたら自分が対応しなければ」という気持ちが頭から離れませんでした。
体は休んでいても、気持ちが全然休まらない状態がずっと続いていたのです。
年齢とともにシフト制がつらくなった
若いころは健康が取り柄で、休んだことがほとんどありませんでした。
むしろ休むほうが面倒で、少し体調が悪くても出勤することが当たり前でした。
30代を過ぎたころから、以下のように少しずつ変わっていったのです。
- 朝番・遅番の不規則な生活リズムが体に響くようになった
- 無理をすると体調を崩すことが増えた
- 休むしかない状態になることが、以前より明らかに増えた
今振り返ると、体力的な変化だけではなく、メンタルのバランスも崩れていった感覚があります。
体調を崩すたびに「休むと現場に迷惑がかかる」という罪悪感が生まれて、それがまたしんどさにつながっていきます。
休んでも罪悪感で気持ちが休まらず、「この働き方をずっと続けるのは厳しいかもしれない」と感じるようになりました。
頑張っても正当に評価されないもどかしさ
頑張っても正当に評価されないと感じたことも、辞めたい気持ちが積み重なった理由のひとつです。
私は接客が特別得意ではなかったので、売上づくりの工夫やスタッフ教育に力を入れてきました。
店長になってからも売上を落とさず結果を出してきた自負がありますが、評価につながることはありませんでした。
評価されにくいと感じた理由は、以下のとおりです。
- 接客以外の工夫や戦略は数字には見えにくかった(実際に社員や店長を輩出)
- スタッフ教育は成果が出るまで時間がかかったため、評価のタイミングとずれやすかった
- 売上を維持していても「当たり前」と思われやすかった
- 上司との関係づくりがうまい人の方が、結果に関係なく評価されやすかった
誠実に結果を出し続けても報われない理不尽さが、じわじわと「もう頑張る意味がない」という気持ちに変わっていきました。
こうあるべき」が強く、自分らしく働けなかった
アパレルの職場では、明るくてノリがよく、誰とでもすぐ打ち解けられる人が評価されやすい空気がありました。
上司とうまくいかない時期が続いたとき、「私に愛嬌がないからかな」と思うようになりました。
評価されないことを、職場の構造ではなく自分のせいだと感じていたのです。
私は昔から仕事は仕事と割り切るタイプで、必要以上の付き合いはしなくても、責任を持って誠実に働いてきました。
しかし、自分らしく働けば働くほど、逆に合わなさを感じるようになり、徐々に自分の居場所はないかもと感じるようになっていきました。
その感覚が積み重なるほど、じわじわと辞めたい気持ちが強くなっていきました。
店長になってから板挟みのつらさが増えた
店長になってからは、上にも下にも気を遣う板挟み状態がかなり苦しかったです。
上司には従順さを求められ、現場では柔軟な対応が必要になるためです。
どちらにも誠実に向き合おうとするほど、どちらからも理解されにくくなっていきました。
私も現場をよくしたくて上司に意見を伝えていましたが、気づけば「扱いづらい人」と思われていのです。
一方で部下には気を遣い続けていたため、誰にも本音を言えず、孤立していく感覚が強くなっていきました。
店長ならではのつらさについては、以下の記事で詳しく書いています。

アパレルを辞めたいと思ってから、7年間悩み続けた理由
辞めたいと思いながらも、なかなか踏み出せなかった一番の理由は、「アパレル以外の自分」が想像できなかったことです。
15年間アパレルしか知らない私に、他に何ができるのか全く思いつかず、転職しようにもアパレル以外でやっていける自信が持てませんでした。
それに加えて、転職活動そのものへの不安もありました。
年齢を重ねるほど「もう遅いかもしれない」という焦りも出てきて、動き出せなかったのです。
「辞めたい」という気持ちはずっとありましたが、辞めた先が見えない不安と転職への自信のなさが重なって、結果的に7年間、その場所に留まり続けました。
「もうこれ以上は続けられないかもしれない」と悩むのは、あなたが甘えているからではありません。それだけ現場で全力で踏ん張ってきた証拠です。
アパレルの外の世界へ一歩踏み出すのは勇気がいりますが、まずは女性のキャリアの悩みを優しく聞いてくれるプロに、今の気持ちを整理してもらうことから始めてみませんか?
アパレルを辞められなかった私が、限界を迎えた4つの出来事
「辞めたい」と思いながらも、なかなか踏み出せなかった私もある時プツッと糸が切れたように限界を迎えました。
ここでは、私の心が折れた出来事と、休職に至るまでの気持ちをお伝えします。
積み重なった負担で、心が限界に近づいた
人手不足や引き継ぎ不足など、さまざまな負担が重なり、気づけば心が限界に近づいていました。
余裕のない状態が続く中で、不安を抱えたまま働き続けていたためです。
私が働いていた職場では、以下のような状況が続いていました。
- 日々の業務に余裕がなかった
- 異動先でも十分な引き継ぎがないまま現場に立つことがあった
- 異動初日から1人で店を任されたこともあった
不安を抱えたまま働く日が続いた結果、気づけば朝起きるだけで胸が苦しくなっていました。
上司との相性が悪く、孤独だった
上司との関係も、心が限界に近づいた大きな要因でした。
状況やつらさを伝えても理解してもらえないと感じることが続き、以下のような状況が重なっていきました。
- 状況を伝えても、十分に理解してもらえなかった
- 引き継ぎやフォローのお願いが届かなかった
- 一人ひとりに合わせた対応をしてもらえなかった
私は、相手の性格や強みに合わせて伝え方を工夫するタイプです。
だからこそ、誰に対しても同じような接し方しかされないことに、強い違和感と孤独を感じていました。
「私はこの職場にとって、やりにくい存在なんだろうな」と思うことが増え、自分の存在価値まで見失いそうになっていました。
心配性の私に「なんとかなるよ」は余計につらかった
私にとって、「なんとかなるよ」という言葉は励ましになりませんでした。
私はもともと心配性で、「なんとかなる」よりも「どうにかするしかない」と自分を奮い立たせながら働いてきたためです。
自分ひとりではどうにもできない状況の中で、以下のように感じていました。
- 不安や負担を十分に理解してもらえていなかった
- 具体的なフォローがないまま励まされていた
- 真剣に向き合ってもらえていないと感じた
人員不足や引き継ぎ不足など、自分ひとりではどうにもできない状況で「なんとかなるよ」と言われるのは、正直つらかったです。
本当に欲しかったのは根拠のない励ましではなく、「一緒にどうにかしていこう」と寄り添ってくれる姿勢でした。

信じていた後輩の言葉に、頑張ってきた自分が否定された気がした
上司とうまくいかない中で、後輩との関係は数少ない支えでした。
相手の強みを見つけて伸ばすことを大切にしてきた私にとって、教育を担当してきた後輩の成長には何度も救われる経験でした。
後輩との関係が支えだったのは、以下のような理由からです。
- 育てた後輩の成長にやりがいを感じていた
- 自分なりの関わり方が伝わっていると思っていた
- 数少ない信頼できる存在だと感じていた
だからこそ、信頼していた後輩にかけられた言葉が、今まで誠実に働いてきた自分を全否定されたような感覚になりました。
「自分はやっぱり、誰とも分かり合えないのかもしれない」と感じたことで、心のよりどころにしていた信頼関係まで少しずつ遠のいていきました。
そして、アパレルを辞めた私が今思うこと
退職してから、気持ちがかなり楽になりました。
特に店長になってからは、自分のために働いているという実感がほとんどなく、退職してやっとその重さに気づきました。
誰かが休めば穴を埋め、後輩の育成やフォローに動き続ける毎日の中で、いつの間にか「人のために働くこと」が当たり前になっていたのです。
アパレルを辞めた今は、自分のためだけに働いています。
自分のことで悩む時間は増えましたが、それでも以前よりずっといいと感じています。
アパレルの構造的な問題に振り回されて消耗していたアパレル時代と比べると、今の悩みは自分と向き合えている証拠だと思えます。
辞めることへの不安はたくさんありましたが、辞めてよかったと思っています。
退職後の変化については、こちらの記事で詳しく書いています。

アパレルを辞めたいあなたへ、15年働いた私から伝えたいこと
ここまで、私がアパレルで働いてきた15年と、辞めたいのに辞められなかった理由、心が限界を迎えたときのこと、そしてその後についてお話ししてきました。
ここでは、かつての私と同じように悩んでいるあなたへ向けて、今感じているその気持ちをどう受け止め、どう進んでいけばいいのかを等身大の言葉でお伝えしていきます。
辞めたい気持ちは「逃げ」ではない
「辞めたい」と思うことに、後ろめたさを感じていませんか。
私も、ここで辞めたら逃げなのではないかと思い、自分の気持ちを否定しながら働いていました。
でも今なら、はっきり言えます。
辞めたいと感じること自体は、決して悪いことではありません。
身体がつらい、精神的にきびしい、自分には合っていないかもしれないなどと感じるのは、それだけ真剣に向き合ってきた証です。
もちろん、続けることで見えるものもあります。
私自身、15年続けたからこそ、自信にできる経験も得られました。
しかし、無理をしてまで続ける必要はありません。
限界を超える前に、「この環境は本当に自分に合っているか」を見つめ直してみてください。
そのうえでの決断なら、それは逃げではなく、自分を守るための選択です。
頑張りすぎてきた人ほど、もっと自分を大切にしていい
私はずっと、「正社員だし、独身だし、私がやるのが当たり前」と思い込んでいました。
しかし、現場には努力だけではどうにもならないこともたくさんあります。
人材不足で回らないシフト、休めない状況、そして結局最後に責任を背負うのは店長である自分。
そうした毎日の中で、少しずつ心が削られていきました。
頑張ることは素晴らしいです。
しかし、頑張り続けることが正義になると、自分の声が聞こえなくなります。
誰かの期待に応え続けるより、「これが私らしい生き方」と思える毎日を選んでください。
それが、頑張りすぎてきたあなたに一番伝えたいことです。
アパレルを辞めたいなら、一歩を踏み出してみよう
私はアパレルを辞めた後、フリーランスを選びましたが、不安がないわけではありません。
それでも、アパレルを辞めたことを後悔した日は一度もありません。
私は、何ごとも全力で頑張るタイプだっただからこそ、頑張る場所を間違えると、自分をすり減らしてしまうのだと後から気づきました。
アパレルの給料が低いのは、業界の構造的な問題です。
人員不足も、評価されにくい環境も、個人の努力でどうにかなるものではありませんでした。
どれだけ真剣に向き合っても、構造的な問題の前では消耗し続けるだけだったのだと、辞めてから気づきました。
苦しかった日々も、逃げずに向き合ってきた経験も、今の私の土台になっています。
あの頃の自分をちゃんと誇りに思えます。
だから、今「辞めたい」と感じているあなたへ伝えたいです。
その気持ちは甘えでも逃げでもありません。
自分らしく働ける場所を選ぶことは、次に進むための最初の一歩です。

あのとき「頑張る場所を変えよう」と決断したからこそ、今の穏やかな毎日があります。動き出す前が、一番不安で怖かったのを今でも覚いています。
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